 |
|
ペスト
|
| ペストは、腸内細菌科に属する通性嫌気性のグラム陰性桿菌Yersinia pestis に起因する全身性の侵襲性感染症で、ノミやエアロゾルを介して伝播する。感染ルートや臨床像によって腺ペスト、肺ペスト、および敗血症型ペストに分けられる。 |
|
|
|
疫学
|
1 )世界の状況
ペストは本来、森林原野のペスト菌常在地域に生息する齧歯類の感染症である。ペスト菌常在地域に近づいたハンターやきこりがノミを介して罹ったり、時には、地震や水害などによる環境の悪化に伴い、森林原野の野ネズミが田畑や人居地域まで下りてきて、家ネズミやヒトにまでペストを伝播する。悪条件が重なると大きな流行も起こる。また、少数ではあるが、これらの地域のネコ、イヌ、クマ、ラクダ、ブタ、ヒツジなどへのペスト感染事例や、これらのペットや家畜からヒトへの感染事例も報告されている。
人間に対して感染力が高いノミはケオピス、セラトフィルス、ノソフィルスなどで、いずれも家住性ネズミに寄生するノミである。その中でもケオピスは貪食で頻繁に吸血し、人間を好んで吸血するため、ヒトペストに大きく関わっている。
近年、ペスト菌常在地域にも文明化が押し寄せ、人間とペスト菌が直接的、間接的に接触する機会が増えてきた。WHOの報告では、1991年を期にヒトペストは増加の一途をたどり、1997年には患者5,419(死者274)で、1996 年の患者3,017(死者205)より大幅に増加している。特に、アフリカ大陸で顕著な増加が見られる。1970〜1998 年の患者発生国24カ国と、現在、危険なペスト特別地域をは、(1)アフリカの山岳地帯および密林地帯、(2)東南アジアのヒマラヤ山脈周辺ならびに熱帯森林地帯、(3)中国、モンゴルの亜熱帯草原地域、(4)アラビアからカスピ海西北部、(5)北米南西部ロッキー山脈周辺、(6)南米北西部のアンデス山脈周辺ならびに密林地帯、などである。
2 )日本の状況
1899年にペストが日本に輸入されてから27年間に大小の流行が起こり、ペスト患者2,905人(死者2,420)が発生した。しかし、日本がペストの根絶に成功したのは、ペスト菌の発見者である北里柴三郎や、彼の指導下でダイナミックに動いた当時の日本政府のペスト防御対策(特に、ペストネズミの撲滅作戦)にある。お陰で、ペストが、家住性ネズミから撲滅不可能な山野の齧歯類に伝播するのを阻止できた。その結果、1926年(大正15年)を期に、今日までペスト患者は出ていない。
しかし、昨今事情が変わり、海外との交流が盛んになるにつれ、開拓が進んだペスト菌常在地域を訪れる日本人観光客、商社マンなどが年々増えている。また同時に、日本市場の自由化に伴い、ペスト菌常在地域からの資材や食物だけでなく、ペットの輸入も顕著に増加している。アメリカのCDCは、輸出予定のプレリードッグがペストに感染して多量に死亡した事実から危険性を察知して、プレリードッグの輸出入および売買を禁止するよう指導しているが、日本にも多くのアメリカ産プレリードッグが輸入されていることが明らかになった。過去には年間3〜5万頭との推定もある。厚生労働省は直ちに研究班を作り、実態調査を行った。幸いにして、検査した結果は全て陰性であったが、注意を怠らないようにする必要がある。 |
|
|
|
臨床症状
|
1 )腺ペスト
腺ペストはヒトペストの80〜90%を占め、ペスト菌含有ノミの咬傷や、稀に、感染したヒトあるいは動物への接触により、傷口や粘膜から感染する。侵入部位にほとんど変化を起こすことなく、近くの局所リンパ節に伝播する。リンパ節は壊死、膿瘍を形成し、クルミないしアヒルの卵大に腫大する。その後、リンパ流、血流を介して脾臓、肝臓、骨髄を経て、心臓、肺臓など全身に伝播して敗血症を起こす。
臨床症状としては、通例3〜7日の潜伏期の後、40℃前後の突然の発熱に見舞われ、頭痛、悪寒、倦怠感、不快感、食欲不振、嘔吐、筋肉痛、疲労衰弱や精神混濁などの強い全身性の症状が現れる。通例、発症後3〜4 日経過後に敗血症を起こし、その後2〜3日以内に死亡する。なお、稀に、ノミの刺咬部位の皮膚、または眼に化膿性潰瘍や出血性炎症を形成する場合がある。その場合は特に皮膚ペスト、眼ペストと呼ぶこともある。
2 )敗血症型ペスト
ヒトペスト全体の約10%を占め、局所症状がないまま全身に伝播して敗血症を引き起こす。臨床症状としては急激なショック症状、および昏睡、手足の壊死、紫斑などが現れ、その後、通例2〜3日以内に死亡する。
3 )肺ペスト
非常に稀な事例ではあるが、最も危険なタイプである。腺ペスト末期や敗血症型ペストの経過中に肺に菌が侵入して肺炎を続発し、肺胞が壊れて、痰やペスト菌エアロゾルを排出するようになると、この患者が感染源になってヒトからヒトへと素早く伝播する肺ペストが発症する。潜伏期間は通例2〜3日であるが、最短12〜15時間という報告例もある。発病後12〜24時間(発病後5時間の例も記載あり)で死亡すると言われている。臨床症状としては、強烈な頭痛、嘔吐、39〜41℃の発熱、急激な呼吸困難、鮮紅色の泡立った血痰を伴う重篤な肺炎像を示す。 |
|
|
|
病原体
|
全ゲノム配列の解析から、Yersinia pestisは1,500 〜2 万年前にYersinia pseudotuberculosis serotype O:1b から進化した菌で、ゲノム内では多数の他の細菌やウイルス遺伝子の組み替えが頻繁に繰り返された痕跡や、不必要な腸病原菌生活時代の遺伝子(約150個)の不活化が示されたことなど、ゲノムの大規模な変動を経て、極めて毒性の強い菌に進化したことが明らかになった。ペスト菌は約4.65Mbの染色体遺伝子と、96.2kb,70kb,9.6kb の3種類のヴィルレンスプラス ミドから構成されている。9.6kbプラスミドにはプラスミノーゲンアクチベーター、ペスチシン1、コアグラーゼが、70kbp プラスミドにはYersiniaの外膜蛋白(Yops)が、96.2kb プラスミドには莢膜抗原(Fraction1)、murine toxin がコードされている。
ペスト菌は非運動性のグラム陰性の多形形態を示すが、組織内および培養菌などの新鮮な菌では、約1.5×0.7μm の両端の丸い楕円形の短桿菌で、単染色法では特徴ある明瞭な極小体が観察される。発育適温は28〜30℃で、1〜45℃で発育する。ペスト菌の特徴ある形態学的性質(莢膜抗原)の発現には37℃が適している。その発育は他の一般的な菌よりも遅く、血液寒天でさえ集落が明らかに認められるのは48時間培養後で、また溶血像は見られない。液体培養では沈殿発育する。 |
|
|
|
病原診断
|
ペストの判断基準
1 )疑似患者
(1)ペスト流行地への渡航歴や、バイオテロに巻き込まれた可能性がある場合で、ペストの臨床症状を示し、さらに、臨床材料からグラム陰性で両端染色性を示す桿菌や、診断用抗原(莢膜抗原)に対する抗体、蛍光抗体に対して陽性を示す菌が検出された場合
(2)ペスト菌に特異的なプライマーを用いたPCR 法で、特異的なバンドが検出された場合
(3)患者血清中の抗Fraction 1 抗体価が、passive haemagglutination test で16 倍以上を示した場合
2 )確定患者
(1)臨床材料から分離した菌が、顕微鏡所見で明らかな極小体を示すグラム陰性桿菌で、莢膜抗原に対する抗体、蛍光抗体に陽性を示し、ペスト菌に特異的なプライマーを用いたPCR法で陽性を示し、ペスト菌特異ファージに対して感受性を示し、生化学的性状がペスト菌の性状と一致することなどから総合的に判断し、ペスト菌(Yersinia pestis)と同定された場合
(2)Passive haemagglutination testで、診断用抗原に対する回復期の抗体価が、感染初期の抗体
価の4 倍以上上昇している場合 |
|
|
|
治療
|
ペストの治療には抗菌薬が非常に良く効くため、早く治療さえすればもう昔のように怖い病気ではない。予後は良好で、後遺症は殆ど残らない。肺ペストの場合は病気の進行が極めて速いので、特に抗菌薬の早期の投与が必須である。
日本でペストの治療薬として保険が適用されているのは、ストレプトマイシンだけである。ストレプトマイシンはペストに最も効果があるが、副作用があるので過度の投与は避けたほうが良い。
新生児、未熟児、乳児、小児に対する安全性はまだ確立されていない。その他に、アメリカのCDC、WHOによって推奨されている抗ペスト薬があるので、以下にそれらの薬剤を記述した。なお、日本人は体格的にも人種的にも欧米人とは異なるため、用量は「今日の治療薬(南江堂)」を参考にして戴きたい。治療期間はすべての抗菌薬において10日を超えないこと。
1 )アミノ配糖体
ストレプトマイシン、ゲンタマイシンは全てのペストに最も効果がある。
2 )テトラサイクリン系
テトラサイクリン、ドキシサイクリンは腺ペストおよび肺ペストの治療に、アミノ配糖体と適宜に併用して使用する。
3 )クロラムフェニコール
ペストによる髄膜炎、胸膜炎、内眼球炎などの治療に用いる。腺ペストまたは敗血症型ペストの治療には、アミノ配糖体と適宜に併用して使用する。
4 )ニューキノロン系
ニューキノロン系の抗菌薬は全般的にペストに対して優れた効力を示し、その中でも特にレボフロキサシン、スパルフロキサシンが優れているので、副作用(腎障害、聴力障害)の強いアミノグリコシド系よりペストの治療に期待が持てる。 |
|
|
|
予防
|
1)抗菌薬の予防投与
患者と直接接触した人や肺ペスト患者に接近した人など、発病する可能性の高い人や、流行地への旅行者などのように短期間ペストの暴露を受ける可能性がある人に対して、予防のためにWHO、CDCは抗菌薬(テトラサイクリン、ドキシサイクリン、ST合剤)の予防投与を勧めている。投与量は、治療で用いる量の1/2〜同量を経口投与する。
2)ワクチンの接種
長期に渡ってペスト菌常在地域にいる人で、ペスト菌に濃厚に暴露される可能性が高い人は、ワクチンの接種を受けることが勧められている。例えば、ペスト患者に接する医療従事者、ペスト流行を制圧するために派遣されたJICAやWHO の専門家など、ならびにペストネズミやノミに曝される危険性のある海外協力隊員や自衛隊員などの野外作業員、また時には流行地に赴任したジャーナリスト、商社マンなども対象になる。ペストワクチンは厚生労働省の依頼で国立感染症研究所で製造し、検疫所で入手可能である。 |
|
|
|
感染症法における取り扱い
|
ペストは1類感染症であり、診断した医師は最寄りの保健所に直ちに届け出る。報告のための基準は以下の通りである。
○診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、以下のいずれかの方法によって病原体診断がなされたもの
(材料)臨床材料(血液、リンパ節腫吸引物、痰、組織等)
・病原体の検出
例、ペスト菌(Yersinia pestis )の分離・同定(染色後塗抹標本の鏡検も参考となる)など
・抗原の検出
例、エンベロープ(Fraction I 抗原)抗原に対する蛍光抗体法など
・病原体の遺伝子の検出
例、ペスト菌特異的遺伝子のPCR 法による検出など
○当該疾患を疑う症状や所見はないが、病原体か抗原が検出されたもの(病原体や抗原は検出されず、遺伝子のみが検出されたものを含まない)
○疑似症の診断
・臨床所見、ペスト流行地ヘの渡航歴、齧歯類に寄生しているノミによる咬傷の有無を参考に診断し、また、以下の鑑別診断がなされたもの
(鑑別診断)
Burkholderia pseudomallei (臨床症状が肺ペストと類似)
野兎病(臨床症状が腺ペストに類似し、かつ共通抗原決定基を持つ)など
なお、血清抗体価については診断の参考として用いることができる(抗Fraction 1 抗体価がpassive haemagglutination test (PHA)で10 倍以上が目安)
《備考》
当該疾患を疑う症状や所見はないが、病原体や抗原は検出されず、遺伝子や抗体のみが検出されたものについては、法による報告は要しないが、確認のため保健所に相談することが必要である。 |
|
|
|
学校保健法における取り扱い
|
| ペストは第一種の伝染病であり、出席停止期間の基準としては「治癒するまで」と規定されている。 |
|
|
|
|
|
 |
|